東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)49号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 本願発明の目的について
成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)によれば、本願発明は、「映画館ドライブインシアタの音響受信装置として観客のカーラジオを利用する際の雑音防止装置に関する。」(第二頁第八ないし第一〇行)ものであるが、ドライブインシアタにおいて、「映画フイルムのサウンドトラツクから取り出した音響信号を(中略)カーラジオに適した搬送波を利用しながらも有線で受信することが研究された。この方法は共通の伝送ラインを設け、そこからリードインワイヤによつてカーラジオのアンテナに直接接続するものであるが、この方法によれば伝送ライン及びリードインワイヤがカーラジオのアンテナの延長の役目を果し、このため外部からの強力な放送電波を受信し易く、これらの外部の電波がサウンドトラツクの音響信号を妨害し、受信に際してビート雑音を生じるという欠点があつた。」(第二頁第一一行ないし第四頁第一行)という知見に基づき、本願発明の要旨記載のとおりの構成により、右欠点を除去するようにしたものであると認められる。
原告は、外来放送電波によつて生じる雑音には、中間周波妨害等の雑音と混変調妨害による雑音とがあることは周知であり、中間周波妨害等の雑音の中にビート妨害による雑音(ビート雑音)が含まれるが、本願発明は、外来放送電波の存在によつて生じるこれらのすべての雑音を除去することを目的とするもので、ビート雑音の除去だけを目的とするものではない旨主張するが、以下説示するとおり、右主張は理由がないものというべきである。
成立に争いのない甲第四号証(昭和四四年四月一日第八刷発行、日本放送協会編「NHKラジオ技術教科書(応用編)」)によれば、カーラジオとして汎用されているスーパーヘテロダイン受信機の雑音には、受信周波数に近接した周波数の強い外来放送電波の存在によつて生じる混変調妨害によるもの、局部発振周波数(又は、その高調波周波数)に対する周波数の差が中間周波数に近接するような外来放送電波によつて生じる中間周波妨害又は影像(イメージ)妨害によるもの、局部発振周波数(又は、その高調波周波数)と外来放送電波の周波数(又は、その高調波周波数)との周波数差(又は、周波数和)が中間周波数となることによつて生じる笛音(ビート)妨害によるものの三種があり、このことは、本件出願当時周知であつたと認められる。そして、これらの雑音のうち、中間周波妨害又は影像(イメージ)妨害による雑音と、笛音(ビート)妨害による雑音は、いずれも妨害周波数成分が中間周波数(又は、その近接周波数)になることによつて生じるものであつて、中間周波数に直接関連するといえるから、これらをあわせて、原告主張のように、中間周波妨害等の雑音と表現することができなくはないが、右の表現を用いることまでが一般的であるということはできず、原告主張のような雑音の分類の方法はあくまでも便宜的なものといわざるを得ない。
ところで、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、本願発明の目的に関して、「受信に際してビート雑音を生じるという欠点があつた。本発明は斯る点に鑑みたもので、(中略)外来電波による雑音が防止できるようにせんとするものである。」(第三頁末行ないし第四頁第五行)と記載され、その作用効果については、「外来電波を有効に遮断することができ、外来電波による雑音を防止することができるようになる。」(第六頁第六、第七行)と記載されていることが認められるところ、右作用効果に関する記載自体からは本願発明が防止することができる雑音の種類を特定することはできないけれども、本願発明の目的に関する前記記載からみて、右にいう「外来電波による雑音」とは、外来放送電波によるビート雑音であると解するのが相当であり、したがつて、特許請求の範囲に記載されている「雑音除去装置」における「雑音」も右ビート雑音であると解するのが相当である。以上にみた本願明細書の記載からすれば、本願発明が外来放送電波の存在によつて生じるすべての雑音を除去することを目的としたものであると認める余地はないというべきである。
なお、原告は、本願明細書に記載されているビート雑音の意味は、外来放送電波によつて生じる雑音を言い換えたものであるとも主張するが、前記説示したとおり、ビート妨害による雑音(ビート雑音)と中間周波妨害による雑音とは、共に中間周波数に直接関連して発生するものであるから、それらをあわせて論じることは許されるとしても、混変調妨害による雑音は、ビート雑音や中間周波妨害による雑音とは、その発生原因や妨害現象を全く異にするのであるから、外来放送電波の存在によつて生じるすべての雑音を「ビート雑音」なる表現で言い換えることは極めて不適当であり、本願明細書に記載されている「ビート雑音」が右のような意味を有するものとして理解することは到底できず、原告の右主張は理由がない。
2 本願明細書に記載されている技術的手段について
(一) 前示本願発明の要旨記載のとおり、本願発明は、映画フイルムのサウンドトラツクの音響信号を搬送波に載せて有線で伝送ラインに送ること、右音響信号を再生するカーラジオのアンテナと伝送ラインからの電線との接続をコンデンサ結合によつて行なつていることを必須の構成要件とし、特許請求の範囲には、コンデンサ結合について二種の実施態様のものが記載されているところ、前掲甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、コンデンサの具体的構成について、一実施例として「電線5はその他端が別の電線7に対して約三〇cmに亘つて平行に且つ絶縁状態で保たれるように、その別の電線7に対して絶縁テープ8、9で巻かれて保持されている。そして、その別の電線7は他端にアリゲータクリツプ10が接続され、このアリゲータクリツプ10にてアンテナ2に結合される。」(第五頁第五ないし第一一行)旨、他の実施例として「第4図は前面ガラス13に埋め込まれたウインドシールド型のアンテナ14を有する車15に対応する実施例で、この場合はリードインワイヤは一本の電線16とし、その先端部分に約三〇cm間隔でビニール吸着盤17と18を設け、これによつて電線16の先端部分16aをアンテナ14に対して略平行に保持させ、その間をコンデンサ結合させたものである。」(第六頁第一二行ないし第七頁第四行)旨記載され、前者の記載に対応する図面として第2図が、後者の記載に対応する図面として第5図がそれぞれ本願明細書に添付されていることが認められる。
しかしながら、本願明細書には、その余の点、例えば、外来放送電波の入力レベルと音響搬送波の入力レベルとの関係、及び結合コンデンサの適正な容量値については、何ら記載されていない。この点について、原告は、請求の原因四、2、(一)ないし(三)記載のとおり主張するので、右主張について、項を改めて検討することとする。
(二) まず、原告は、ラジオ受信機が希望放送電波(音響搬送波)を良好に受信できるためには、ラジオ受信機に入力される希望放送電波の入力レベルを、外来放送電波の入力レベルよりも充分高いレベル(三〇dB以上)にする必要があることは周知であるから、ドライブインシアタの音響装置においても、音響搬送波の入力レベルが外来放送電波の入力レベルよりも充分に高いレベルとなるように設定されていることは当業者にとつて技術常識であり、このような技術常識に係る事項は、明細書に明記する必要のないことである旨主張する(請求の原因四、2、(一)、(1))。
前掲甲第四号証によれば、希望放送電波を良好に受信するためには、その入力レベルが外来放送電波の入力レベルより充分高ければよいことは周知であると認められるが(同号証第八頁下から第四行ないし第九頁第三行)、右事項がドライブインシアタにおける音響搬送波の入力レベルと外来放送電波の入力レベルとの関係においてもそのまま適合するものであつて、それが当業者にとつて技術常識に属するものであるということはできない。けだし、通常のカーラジオは、ドライブインシアタで利用することを予定して設計されているわけではなく、一般の外来放送電波の受信に適合できるような感度や選択度等を有するように設計されていることは技術的に自明のことと認められ、たとえ、伝送ラインとカーラジオのアンテナとをコンデンサ結合させて音響搬送波のレベルを減衰させるにしても、それをもつて、音響搬送波の入力レベルを、右アンテナに誘起される強い放送電波の入力レベルより更に充分高いレベルに設定することがドライブインシアタの音響装置における通常の技術常識であるとは到底認めることができないからである。そして、右のとおり、ドライブインシアタにおいて、音響搬送波の入力レベルを外来放送電波の入力レベルよりも充分高く設定することが技術常識であると認めることはできない以上、本願発明において、それぞれの入力レベルを原告主張のレベル比をもつて定める必要があるのであれば、そのことを本願明細書に記載すべきであつたことは当然であるといわざるを得ない。
したがつて、原告の前記主張は理由がない。
次に、原告は、音響搬送波のレベルの設定に関連して、ドライブインシアタにおいては、カーラジオのアンテナの長さの調整によつて外来放送電波の入力レベルを変更させることができないばかりか、伝送ラインがアンテナの役目を果たすので、音響搬送波の入力レベルを増大させないと混変調妨害が生じるが、本願発明は、このような混変調妨害の除去をはじめとしてすべての外来放送電波による妨害を除去するものである旨主張する(請求の原因四、2、(一)、(2))。
しかしながら、本願発明がビート妨害による雑音(ビート雑音)だけでなく、中間周波妨害による雑音及び混変調妨害による雑音までも同時に除去することをその目的とするものでないことは前記説示したとおりであつて、殊に、混変調妨害による雑音については本願明細書に全く記載されていないのであつて、右雑音の除去は、原告において本願の出願当時全く認識されていなかつた事項であると認めざるを得ない。のみならず、本願明細書には、本願発明の目的であるビート雑音の除去に関しても具体的な作用効果についての記載はなく、本願発明が右作用効果を奏するものであることをにわかに肯認し難く、原告の右主張はその余の点について判断するまでもなく採用できない。
(三) 原告は、中間周波妨害等の雑音は外来放送電波の入力レベルに対して音響搬送波の入力レベルを充分高くすることにより除去できるが、一方では混変調妨害による雑音が増大するので、本願発明は、カーラジオのアンテナへの伝送ラインからの電線の接続をコンデンサ結合によつて行なうことにより、すべての雑音を除去することができるようにしたものであつて、本願明細書には右雑音を有効に除去するための技術的手段が明確に記載されている旨、そして、右技術的手段により右効果を奏することが事実である以上、その理由や理論を本願明細書に記載する必要はない旨主張する(請求の原因四、2、(二)、(三))。
本願明細書には、本願発明においては、伝送ラインからの電線とカーラジオのアンテナとの接続をコンデンサ結合したものであり、右コンデンサ結合については二種の実施態様があること、発明の詳細な説明にはそれぞれの実施例が記載されていることは前記のとおりであり、前掲甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、コンデンサ結合を用いれば、「外来放送電波を有効に遮断することができ、外来電波による雑音を防止することができるようになる。」(第六頁第六、第七行)、「外来放送電波による雑音を防止できる。」(第七頁第五、第六行)という作用効果がある旨記載されていることが認められる。
本願明細書における右各記載によれば、コンデンサ結合を行なう際の具体的な実施態様、及びそれによつてどのような結果(効果)を得ようとしているのかについては当業者においてこれを理解することができるものと認められるが、コンデンサ結合を用いたときに、具体的に、外来放送電波と音響搬送波の入力レベルがそれぞれどのような値である場合に、それらのレベルをそれぞれどの程度減衰させることにより所期の作用効果を達成させようとしているのか、あるいは、コンデンサの容量値をどの程度の値に選定することにより、外来放送電波や音響搬送波の入力レベルをそれぞれどの程度減衰させて所期の作用効果を達成させようとしているのかなど、本願発明の作用を説明するのに必要なコンデンサの容量値(又は、そのインピーダンス値)、及び外来放送電波や音響搬送波の入力レベルの減衰量に関する具体的事項の説明が全くなされていない以上、当業者にとつて、どのような雑音の妨害があつた場合に、どの程度の値のコンデンサを用いればよいのかなどの事項が全く理解できないものといわざるを得ない。
そして、右のコンデンサの容量値や入力レベルの減衰量に関する事項は本願発明の作用効果に密接に関連する最も重要な点であることを考えると、右の点の記載を欠く本願明細書には、本願発明の技術的手段が明確に記載されているとはいえない。
よつて、原告の前記主張は理由がない。
右の点について、原告は、コンデンサの容量値は、外来放送電波の強さ、伝送ラインの長さ、音響搬送波の入力レベル等によつて適宜選定されるもので、大きく減衰させる必要がある場合はコンデンサの容量が小さく選定され、一方、小さく減衰させる必要がある場合はコンデンサの容量が大きく選定されることによつて所期の作用効果が達成できる旨主張する(請求の原因四、2、(三))。
しかしながら、本願明細書の記載内容によれば、外来放送電波の強さ、伝送ラインの長さ、音響搬送波の入力レベルは、それぞれ相互に関連して変更される事項であると認められる(例えば、伝送ラインの長さが変化すれば、それに応じて外来放送電波の入力レベルも変り、必然的に音響搬送波レベルも変化させねばならない。そして、外来放送電波の強さも常に一定であるとは限らない。)から、単に、外来放送電波の強さ、伝送ラインの長さ、音響搬送波レベル等によつて適宜選定されるというだけでは、それらをどのような順序で、どのようにしてコンデンサの容量値を適宜選定するのかが不明であるといわざるを得ない。のみならず、コンデンサによつて外来放送電波や音響搬送波に対する減衰量を設定する場合においても、外来放送電波や音響搬送波を受信するカーラジオには、種々の感度、選択度のものがあることからして、この点を考慮に入れることなく、単に、外来放送電波の強さ、伝送ラインの長さ、音響搬送波の入力レベルだけによつて、一義的に、雑音妨害を除去するようなコンデンサの容量値を決定することはできないものと考えられるところ、本願明細書に開示されているコンデンサ結合の二種の実施態様は、いずれもコンデンサの容量値を調整するための何らの手段も具備していない、換言すると、カーラジオの感度や選択度の相違に対応してコンデンサの容量値(減衰値)を選択することができないものであるから、本願明細書の記載からすると、本願発明は、コンデンサの容量値を、外来放送電波の強さ、伝送ラインの長さ、音響搬送波の入力レベル等によつて適宜選定することを全く意図していなかつたものといわざるを得ない。
よつて、原告の前記主張は失当というべきである。
以上のとおりであつて、本願発明は外来放送電波の存在によつて生じるすべての雑音を除去することを目的とし、本願明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には右目的を達成するための有効な技術的手段が記載されている旨の原告の主張は理由がなく、本願発明はビート雑音を防止することを目的とするものであるとし、本願明細書には右目的を達成するための有効な技術的手段が記載されていないとした審決の認定に誤りはないものというべきである。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(1) 映画フイルムのサウンドトラツクの音響を搬送波に載せて有線で伝送ラインに送り、カーラジオにて再生するドライブインシアタ音響装置において、該カーラジオのアンテナへの前記伝送ラインからの電線の接続をコンデンサ結合にて行なうようにしたことを特徴とするドライブインシアタ音響装置の雑音防止装置。
(2) 伝送ラインに接続される電線の端部とアンテナに接続される別の電線の端部とを平行に保つて、その平行部分においてコンデンサ結合部分を形成するようにした請求の範囲第一項のドライブインシアタ音響装置の雑音防止装置。
(3) 伝送ラインに接続される電線の端部を、ウインドシールド型アンテナに対してビニール吸着盤によつて平行に保持してコンデンサ結合部分を形成したことを特徴とする請求の範囲第一項のドライブインシアタ音響装置の雑音防止装置。